夏休みを目前に控えた7月のとある日・・・・
いつにも増して眠い授業を終えて・・・俺は校舎裏を目指していた
校舎の裏手にいるのは『猫』
誰に飼われている訳ではなく、教会の横の草陰で生まれ育ったアイツ等は
俺の大切な友人
生まれて間もない頃は、母猫の乳を飲んでいるだけで
ただただスヤスヤと眠っていた『子猫たち』
俺は・・・その様子をじっと見ているだけだった
少し大きくなって、自分の足で歩けるようになったら
芝生で横になる俺の上に乗ってきて、一緒に遊んだ
制服のポケットの中で・・・俺が動かす指が気になって
一生懸命じゃれてきた・・・
おかげで・・・制服が随分引っかかれて・・・糸が綻びたけど
そんなアイツ等も
今では一人前に、好き放題いろんなところを冒険している
それでも、兄妹の中でも、・・・少しトロくて
身体も小さい『』は、まだまだ目が離せない・・・
俺が・・・いつもの場所に近付いてゆくと
草陰から『』が飛び出してきた
「・・・ん?おまえ・・どこへ行くんだ?」
『』は・・俺のほうを振り返りもせずに一目散に教会の裏手に走っていった
『』の尋常でない様子に、少し驚きながら、追いかけると
人間の・・・がそこにいて・・・俺は更に驚いた
は右手をしきりに気にして下を向いて歩いていたけれど
ふと見ると、ブラウスの左腕が汚れていた
どこかへ擦ってしまったらしい肘からは、血が流れていた
「・・・どうしたんだ、それ」
「あ、葉月くん。これ?まぁ名誉の負傷ってやつかな
たいしたこと無いよ、血もほとんど出てないし」
俺が声をかけると、はそう言って照れたように笑った
血も殆んどでていないって・・・、それは右手の事で
左の肘の擦過傷・・・これには気付いていないのだろうか?
「いや、そっちじゃなくて、逆の腕・・・肘のところ・・・」
俺の指摘に初めて自分の左肘を見たは
「ああっ!血が出てる〜!やだ、いつの間に」
そう言って目を真ん丸くしている
全く・・・、鈍感にも程があるだろ?
そんなに怪我してて気付かないなんて・・・
いったい何に夢中になっていたんだ?
「ほら、保健室行くぞ」
「えっ、ちょ、ちょっと葉月くん」
俺は強引にの手をひいて保健室を目指した・・・
長い渡り廊下を歩きながら・・・俺はに問い掛ける
「・・・、おまえ・・その怪我・・・なんで?」
「あ・・、これはね、子猫を助けた時についたんだと思うけど
全然気付かなかったから、いつ怪我したんだろう?」
「子猫を・・・?」
「うん、木の上で降りられなくなって困っている子猫がいたの」
『』だ・・・、道理で・・・あんなに慌てた『』は見たことがなかった
木登り失敗で・・・、『』は、に助けられたのか・・・
保健室に着くと、ドアには無愛想に張り紙が出ていた
「外出中は鍵の開いている薬品棚の一般薬のみ使用可
使用した生徒はクラスと名前を薬品使用ノートに必ず記入する事」
はば学の保健室には、養護教諭がいたためしがない
授業中はそれでも保健室にいるらしいが、放課後になると
養護の先生は大好きな薔薇を見に出かけている
理事長と並んで薔薇について語り合っているのを見たことがあるけど
だから・・・当たり前のように、生徒はいつでも一般薬を勝手に使う・・・
そんなところも理事長の目指す「自由な校風」なんだろうか・・・
俺は薬品棚から消毒に必要なものを一揃え出しながら
そんな事を考えたりした
本当は・・・、保健室に二人きり・・・
その事実に・・少し心拍が上がっている・・・らしい
でも・・、そんな様子は・・決して悟られてはいけない
「暴れると手当てしにくいから、しっかりつかまってろ」
「やだな〜、子供じゃないんだか、らっ」
俺はおとなしく座っているの正面に座り、俺の腕を掴ませた
『子供じゃないんだから』と頬を膨らませてそう言った・・・
おまえが「子供」じゃ無いこと
それは・・・、おまえを眩しいと思っている俺が・・・一番知っているって
おまえは解かってないだろうな・・・
俺は手早くの肘と、右手の噛まれた傷を手当てした
左肘の傷は、かなりしみるらしくて・・・
は俺の腕を思いっきり握っていた
やっぱり・・・、子供じゃないな・・かなりの力だ
手当てをしている間中、は真っ直ぐに俺を見ていた
丸い目の中に・・俺が居る・・
一つも目をそらさずに・・・見つめられると・・・
俺は・・・、胸が痛くなるのを感じた
これは・・・、保健室の薬では・・治す事はできないけれど・・・
「・・・終わった」
「あ、ありがとう、葉月くん!ごめんね
私思いっきりつかんじゃって、痛かったでしょ?」
俺の左腕には・・が握った手の跡がついていた
の体温が・・・、伝わった跡だと思うと
・・・俺は少し照れて・・・、自分の腕をさすった
「別にかまわない、このくらい」
そう言うのが精一杯で・・・俺は立ち上がると薬品を片付け始めた
そんな俺の背中に・・・が話し掛けてきた
「ねぇ、葉月くんも学食に行くところだったの?」
え・・・
まさか『』に会いに・・・とは言えない・・・だろ
「あ・・・まぁそんなところ・・・」
そう言って適当にごまかすと・・・
「じゃあ喫茶店寄って帰ろうよ。お礼におごるよ」
思いもよらない・・からの提案
もちろん俺は・・・即答する
「ああ、いいな、それ」
「うん、行こう!」
俺たちは・・・、二人並んで・・・学園からの坂道を下ってゆく
午後4時・・・、西日がまだ眩しい夏の日
「今日も、本当に暑いよね」
そう言う・・・
額にうっすらと汗がにじむ
「俺・・・・、普段はアイスコーヒー飲まないけど
今日は・・・・暑いから・・飲んでもいいか」
「葉月くん、好きなもの頼んでいいよ、私がおごるから」
「いや・・・、今日は俺が出す」
「え?だって、手当てしてくれたお礼だよ?」
「・・・・ん、その前に・・・助けてくれた・・お礼」
「え?」
「それと・・お見舞い」
不思議そうに首を傾げたの手をとって・・・
俺はぐいぐいと歩き始めた
この喉の渇きは・・・、暑さのせいだけでは無い・・・
それに・・・気付いたら・・・余計に熱くなった・・・
「アイスコーヒーにする・・・」
意味も無く・・・俺はそう宣言した
二人の手は・・・ぎこちなく・・でもしっかりと握られていた
そんな放課後・・・
END
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